極子日子

つぶやくように書いて書けるようにするための雑記

音声入力部屋

が欲しい。ヤマハのヤツ、1.5畳とか。つくづくボッチ思考が強いぜ。しかし、音声入力は楽チンだ。あんなに書くのが楽だとは。書くというより、入力だな。長い文章も楽々だ。話すように書けるとはいい時代になった。大した内容のことを書けないので後ろから覗かれるのも聞かれるのもいやだから、ボッチ部屋が欲しい。訓練が必要だから。

夏休みとってカンボジアに行きたい。ご飯食べに。というコウケンテツの番組の後半。昆虫食やカエル、酸っぱい赤アリ、生胡椒。

6日日曜、日中に走る。長時間走るのは、OK。

さっきの続き。言葉の不自由さ、吃音症のように言葉が詰まる時もあるほど。雑記で自己反省をしているので、少しマシになったけど。

もう一つの問題。親に関するコンプレックスがあるようだ。母については、小学生のときにほおずりをされて嫌だと感じたこと、腰の骨を骨折した時、階下から呼んだのに聞こえなかったかと聞かれて、聞こえなかったと嘘を言ったこと。本当は微かに聞こえていたけれど、状況が分からず、面倒くさがって気にかけなかったこと。その後、お見舞いに言って、そんな話はせずに、ただ悲しくて泣いたこと。父に関しては、子どもの頃に夜中に目が覚めると両親の布団に入って寝たこと。父は足を擦ったこと。擦ってくれたとも言えるし、ただ擦ったとも言えるし、擦られたとも言える。末っ子なので両親にかわいがられて来たけれど、可愛がられ方をうまく身につけて来てなかったような気がすること。親戚のオジさんが怖くて泣いたこと。祖母の眼鏡も怖くて泣いたらしい。そういう怖い物をやり過ごしはしたけれど、乗り越えなかったように思う。あまりに世間知らずで、親戚連中を相手にしても何も言えなかった。親についてのコンプレックスというよりも、世間知らずの自分へのコンプレックスだ。甘え足りず、厳しさを知らず。どれも足りていない。人間的接触を避け続けて来た結果が今だ。