極子日子

つぶやくように書いて書けるようにするための雑記

続・教育の消費者論…の先

朝日新聞紙上の芦田宏直氏による教育論について、書き損ねたこと。

すべての教育がグローバルな市場経済に耐えうる、ビジネスに向いた総合力を備えた「日本人」ないし「人材」育成に方向付けられるべき、とまあ、教育費の政府補助を獲得するのに必要な論じ方で終わるのは私は嫌だ、という話。

教育とは、個人がより楽しい、味わって楽しい人生を送れるような知や知恵や力や胆力や体力を身につけられるように導いてやるだけのことだと。それだけの話じゃないかと。政府の補助金を受けられるようにするならどんなテンプレートで話すのがいいか、とか、いい会社に入っていい暮らしをしたい、というならモーレツ社員や窓際OLにうまくなるのもいいし、その会社の組織の中で御していくなら、グローバルな人材に自らなったり、あるいはそういう人の後追いをすればいい、というような戦略的な語り方として教授するなら分かるが、それ自体を目的のように論じるとその考えに乗れない子どもは落ちこぼれるだろう。

国家にとって役立つ、という価値観を他の価値と並列ではなく、その前提にするのは国家財政の制度設計上は間違いではない。しかし、より「グローバル」な視点に立てば、人類として、地球上の生命体として自律性を欠いた考え方である。